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朝日新聞絶賛のベストセラー 飯塚訓 『墜落遺体 御巣鷹山の日航機123便』

IMG_9457.jpeg また、あの夏がやってくる。著者の飯塚訓(いいづか・さとし)は、1985年、高崎署刑事官在職時に、日航機墜落事件が発生。身元確認班長に任命される。

 520人、全遺体の身元確認までの127日を最前線で捜査にあたった責任者が切々と語る貴重な本だ。人間の極限の悲しみに溢れている。

 私は、愛する肉親を失った数千人の遺族の究極の悲しみの場に立ち会った。どれもが、私の記憶の奥底に永遠に封じこめておきたい凄惨(せいさん)な情景である。

 できることならあの夏の出来事だけは私の記憶からすべて消し去りたいと思う。でも夏が近づくとあの情景が、もぞもぞと這(は)いだしてくる。

 忘れようにも、忘れられるものではないのである。それならば、今年はあの遺体確認捜査の責任者として1つの節目をつける年であると思った。

 それは、夏から冬に至る127日間にわたる身元確認作業の中で、とくに藤岡市内の3つの体育館の中で行われた、47日間の遺体確認を記すことであった。

 (中略)遺族の極限の悲しみが集約された体育館の中で、各々の職業意識を越えて、同じ思いで同化していった、医師、看護師、警察官らの集団の記録を決して風化させてはならないと考えて本書を執筆した——「はじめに」より抜粋。

 1985年8月12日、群馬県御巣鷹山に日航機123便が墜落。なんの覚悟も準備もできないまま、一瞬にして520人の生命が奪われた。本書は、悲しみ、怒り、そして汗と涙にあふれた記録だ。生と死のはかり知れない重さが胸に迫る。

 窓という窓を黒い幕で覆った体育館の中で、汗みどろで作業を続ける医師、看護師、警察官らの集団が、おびただしい数の死体が放つ悪臭と、もうもうと漂う線香の煙に巻かれている。

 まさしく地獄絵図としかいいようのない、おぞましい光景である。出入口や窓のちょっとした隙間からも、報道陣のカメラがシャッターチャンスを狙っている。死者に対する礼を失する。

 遺体搬入開始。「何だこれは……」。毛布の中から取りだした塊を見て、検死官がつぶやく。塊様のものを少しずつ伸ばしたり、土を落としたりしていくうちに、頭髪、胸部の皮膚、耳、鼻、乳首二つ、右上顎骨、下顎骨の一部、上下数本の歯が現れた。

 少女の遺体は、中央部で180度でねじれて、ひきちぎれ、腰椎も真っ二つに切断され、腹部の皮膚で上下がやっとつながっていた。

 中は、焦げた左上肢、その中ほどに臓腑の塊が付着している。塊の中から舌と数本の歯と頭蓋骨の破片が出てきた。それらを丹念に広げていくと、ちょうど折りたたんだ紙細工のお面のように、顔面の皮膚が焦げもせず現れた。

 二歳ぐらいの幼児。顔の損傷が激しく、半分が欠損している。それなのに、かわいい腰部には、おむつがきちっとあたがわれていた。

 遺体の縫合も仕事のひとつだ。外科出身の者は、内蔵物が出ているものは押し込んで、皮と皮を押し込んで縫合。内蔵物が脱出してない遺体は、綿などを詰めてから縫合した。

 土中から胎児の死体を発見した。隊員は最初、猿の死体かと思ったという。胎児は焼けたように黒ずみ、全体にミイラのように萎んでいた。

 検屍、身元確認作業を悲壮な表情で続ける警察官、医師、看護師ら、500人を越す集団のざわめきが地鳴りのように床を這う。

 時折、遺族の発する「キャー」という絹を引き裂くような悲鳴、「ウォー」と吼えるような号泣が聞こえる。

 炭化して、人間としての原形すら残されていない父と対面した姉と妹が、失神して、仮の救護所となった放送室に運び込まれる。

「家の人を帰せ! 馬鹿野郎! 人殺し!」と日航の職員の胸元をつかんで怒鳴る女性の大きな金切り声に、医師や警察官らの動作が一瞬止まったこともあった。

 素手で、手首のない子供の腕をさすり、片側半分だけ残った頭部に頬ずりをする母親もいた。

 父を亡くした少年に「泣いたほうがいいよ。我慢するなよ」と若い警察官が声をかけ、少年の肩を軽く叩く。「僕は泣きません……」。震える声で、少年は同じ言葉を繰り返し発した。

「泣けよ」と言った警察官の目からボロボロと涙がこぼれ落ちていた。

「九ちゃん(坂本九)のご遺体……まだなんだよね」。葛飾日赤の婦長がぽつんとつぶやく。8月16日、午前一時頃、足利日赤の婦長から「九ちゃんが確認になったよ」と聞かされた。

「マリコ、津慶、千代子、どうか仲良くがんばって、ママを助けて下さい。パパは本当に残念だ。ママ、こんな事になろうとは残念だ。さようなら、子供たちのことをよろしくたのむ。今6時半だ。飛行機はまわりながら急速で降下中だ。本当に今まで、幸せな人生だったと感謝している」。ミミズの這うような文字で、こう綴った人もいた。

 身元確認作業も日を追うごとにより凄惨になってくる。遺体を包んでいる毛布を開くと、蛆(うじ)が真っ白に遺体を覆っていた。

 ますます腐臭が強くなる。体内にまで染み込んでいる腐臭は、シャワーを浴びたくらいでは、簡単には消えなかった。

IMG_2061 (1) 写真は、遺族も去った後の深夜の身元確認フロア。医師、警察官の共同作業は続いた。

 前代未聞の墜落事故。こうまでして、過酷な遺体確認は続いた。任務を終え、何年も経っても、デパートの靴下売り場の踵(かかと)のマネキンにぞっとするという人もいる。

「人生観が変わった」「価値観が変わった」という人も多い。ある医師は、「生きていることの重要さや、責任みたいなものを感じた。いままでは自分が死ぬことについて、真剣に考えたことはなかった」と言った。

 筆者は、多数の人間が一度に、大量の物体と化してしまう飛行機事故の凄惨さを、いやというほど見せつけられた。

「日航機事故、身元確認の実録を書きたい」と、『人生に定年はない』(海竜社)という本を執筆した、俵萌子(たわら・もえこ)先生に相談した。赤城山の麓に工房を持ち、陶芸教室には、多くのお弟子さんがいる。

「大変な作業だけど、書く意義は十分にある」と背中を押してくれた。

 同書は、「遺族の極限の悲しみ、想像を絶する修羅場」を描きつくしたと、朝日新聞などで絶賛されたベストセラーだ。人間の尊厳を一考させられる。ぜひ、一読をお薦めしたい。

 飯塚訓は、『墜落現場 残された人たち 御巣鷹山 日航機123便の真実』、『墜落の村——御巣鷹山日航機墜落事故をめぐる人びと』も執筆しているが、これらも興味深い本だ。
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カエルのロビン

Author:カエルのロビン
フリーランスの記者&編集者。星野源と加瀬亮が好きといえばオシャレだと思っている。何歳からアラフィフか母親と協議中。数年分の旅行記と食べ歩き日記を順次アップしていく予定ですので、よろしくお願いいたします。★リンクフリーです。

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