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(4)トキワ荘マンガミュージアム

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IMG_4175.jpeg 山内ジョージの部屋。

 石ノ森は、隣の17号室に加え、仕事部屋として、18号室を借りていた。

 山内は、石ノ森のアシスタントとして、この部屋に暮らしながら、原稿を仕上げる作業をしていた。

 山内の入居当時は、アシスタントは一人だったが、長田吉夫が加わったため、机が二つある。

 石ノ森は、この部屋を転出した後も、仕事部屋を残していて、山内はこの部屋に暮らしながら、石ノ森や赤塚の手伝いをしていた。

IMG_4177.jpeg 隣に石ノ森の部屋があったが、部屋に置ききれなかった、8ミリフィルムを置かせてもらっていた。

IMG_4147.jpeg 山内は読書家だったのだろう。

IMG_4180.jpeg 畳の上に無造作に置かれた、ラーメン鉢と餅を焼いたもの。オードリー・ヘップバーンの雑誌もある。

IMG_4151.jpeg 原稿机。火鉢が懐かしい。書き損じた原稿で、ゴミ箱がいっぱいになっている。

IMG_4153 (1) もう一つの机。『小川未明童話』などの本が置かれている。机の隣には、『イソップ童話』が積んである。

IMG_4155.jpeg 学ランとチンピラが着るような服がハンガーにかかっている。

IMG_4136.jpeg 石ノ森の部屋。コロナ対策のため、マンガ家体験は、しばらくお休みだという。

 テレビには、「マンガの描き方」が映っている。

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IMG_4124.jpeg 現在のマンガの道具。気合いを入れたいときに飲む、栄養ドリンクが置かれているのが面白い。

IMG_4162.jpeg 空室。割れたガラスを修繕しているのが面白い。細部にまでこだわる演出だ。

 マンガ家たちが青春時代を過ごした1950〜1960年代。豊島区は、戦後の復興が急ピッチで進められていた。

 特に池袋の発展はめざましかった。ヤミ市が撤去され、駅前広場が整備され、デパートや映画館などができた。

 トキワ荘の周辺には、地方から就職や進学のために上京してきた、10〜20歳代の若者層を受け入れる木造アパートが次々に建てられた。

 トキワ荘やトキワ荘を出た手塚治虫が暮らした、並木ハウスはその一例だ。

 1968年には、豊島区の全世帯の45%がアパート住まいだった。人口密度は、都内第二位だった。

 マンガ家たちが、トキワ荘で暮らしていた昭和30年代頃、全長500メートルもの商店街には、200軒以上の店舗が建ち並び、毎日たくさんの人で賑わっていた。
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カエルのロビン

Author:カエルのロビン
フリーランスの記者&編集者。星野源と加瀬亮が好きといえばオシャレだと思っている。何歳からアラフィフか母親と協議中。数年分の旅行記と食べ歩き日記を順次アップしていく予定ですので、よろしくお願いいたします。★リンクフリーです。

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